大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和28年(う)3992号 判決

控訴人 被告人 渥美隆亮

弁護人 岡田唯雄

検察官 磯山利雄 吉井武夫

主文

原判決を破棄する

被告人を別紙犯罪表(1) 乃至(4) の罪につき懲役四月に同(5) 乃至(6) の罪につき懲役二月に処する

理由

本件控訴の趣旨は末尾添附の弁護人岡田唯雄の差し出した控訴趣意書記載のとおりである

岡田弁護人の控訴趣意第一点の(2) (3) について

被告人が昭和二十七年九月三十日静岡簡易裁判所において「被告人は法定の除外事由がないのに昭和二十七年八月十九日静岡市鷹匠町三丁目百一番地の自宅においてフエニルメチルアミノプロパン塩酸塩を含有する覚せい剤注射液二cc入十四本を所持したものである」との覚せい剤取締法違反被告事件につき罰金二千円に処せられ右裁判は同年十月十七日確定したこと並びに被告人が昭和二十七年十二月二十三日前同裁判所において「被告人は法定の除外事由がないのに昭和二十七年十二月三日静岡市横内町安田パチンコ店内において覚せい剤であるフエニルメチルアミノプロパンを含有する二ccアンプル入注射液五十八本を所持していたものである」との覚せい剤取締法違反被告事件につき罰金五千円に処せられ右裁判は昭和二十八年一月十四日確定したものであることは本件記録に編綴されている静岡地方検察庁検察事務官諏訪部昇宏の作成に係る被告人に対する前科調書並びに当審において取り調べた静岡簡易裁判所の被告人に対する略式命令謄本(昭和二十七年(い)第四一三号、同年(い)第六四〇号)の各記載により明らかであるところ、原審並びに当審における証拠調の結果によつても前記確定裁判を経た各覚せい剤不法所持罪の対象となつている覚せい剤が本件覚せい剤不法譲受罪の対象となつている覚せい剤と同一であるとかあるいはその一部であるとは到底認められないから、本件の起訴及び審判をもつて一事不再審の原則に違反するものであると非難するのはあたらない。また当審において取り調べた被告人の妻である渥美八重子に対する静岡簡易裁判所の昭和二十八年九月十六日附覚せい剤取締法違反被告事件の略式命令(昭和二十八年(い)第五一二号)謄本の記載によれば「被告人八重子は法定の除外事由がないのに昭和二十八年五月頃静岡市鷹匠町三丁目百一番地の自宅において出口明に対し覚せい剤二ccアンプル入注射液十本を譲受したものである」というにあるのであつて被告人にはなんら関係のない事案と認められるから右裁判が当時確定したものであるとしてもこれをもつて被告人に対する本件起訴及び審判をもつて一事不再理の原則に違反するものであると非難するのもあたらない。

しかし職権をもつて按ずるに前記の如く被告人には昭和二十八年一月十四日確定した罪があり、原審が被告人の原判示の所為を包括一罪と認定したことは相当であるが、包括一罪の場合にあつても本件の如くその中間に確定判決の存する場合には右確定判決のあつた時を境としてその前の罪と右確定判決を経た罪とは刑法第四十五条後段の併合罪の関係にあるものと考えるのが相当であるから原判決が右確定判決のあることを無視して被告人に対し主文において一個の刑を科していることは判決に影響を及ぼすこと明らかな法律の解釈適用を誤つたものと謂わざるを得ないから本件控訴は結局理由あるに帰し原判決はこの点において破棄を免れない。

よつて本件控訴は理由があるから弁護人のその余の論旨に対する判断はこれを省略し刑事訴訟法第三百九十七条により原判決を破棄し但し当裁判所は同法第四百条但し書により直ちに判決することができるものと認め更に本件について判決をする。

(事実)

被告人は昭和二十七年十一月十五日頃肩書本籍地の居宅において、覚せい剤注射液の製造販売をしていた岡田三郎の来訪を受け、同人の製造に係るフエニルメチルアミノプロパンを含有する覚せい剤注射液の取引を申し込まれるやこれを承諾し二ccアンプル入三百本を譲り受けてから、爾来継続的に買い受けてこれを他に販売する意思の下に同人の製造に係る前同様の注射液を別紙犯罪表〈省略〉の(2) 乃至(6) 掲記の如く法定の除外事由のないのに譲り受けたものである。

〈証拠説明省略〉

(前科)

なお被告人は昭和二十七年十二月二十三日静岡簡易裁判所において覚せい剤取締法違反罪により罰金五千円に処せられ右裁判は同二十八年一月十四日確定したものであつてこの事実は静岡地方検察庁検察事務官作成に係る被告人に対する前科調書の記載によりこれを認める。

(法律の適用)

法律に照らすと被告人の判示の所為は覚せい剤取締法第十七条第三項第四十一条第一項第四号に該当するところ別紙犯罪表(1) 乃至(4) の所為と前記確定判決を経た罪とは刑法第四十五条後段の併合罪であるから同法第五十条により未だ裁判を経ない(1) 乃至(4) の罪につき更に裁判をすべく以上は包括一罪であるから所定の懲役を選択しその刑期の範囲内で被告人を懲役四月に処し(5) (6) の罪は包括一罪であるから所定の懲役を選択しその刑期の範囲内で被告人を懲役二月に処すべきものとし主文のとおり判決する。

(裁判長判事 中村光三 判事 脇田忠 判事 鈴木重光)

控訴趣意

第一の(2) 被告人の覚せい剤取締法違反の前科は、(イ)弁第一号証の通り昭和二十七年九月三十日静岡簡易裁判所で罰金二千円、(ロ)弁第二号証の通り昭和二十七年十二月二十三日同裁判所で罰金五千円に各処せられて居るけれどもこの対象となつた覚せい剤は被告人が原審の第一回公判期日に於て陳述して居る通り岡田三郎から譲渡を受けた本件の覚せい剤であつていずれも所持違反であるけれども本件の譲受行為はこれも包含し起訴したもので同一の覚せい剤取締法違反につき所持と譲受とにつき二重に処罰を受けるものであるからこれに実刑を科するのは量刑甚しく苛酷であります。

(3) 被告人は昭和二十八年九月十六日静岡簡易裁判所で被告人の妻八重子が本件の譲渡人である岡田三郎から譲受けた本件の覚せい剤を十本譲渡したる事により罰金三千円に処せられた(弁第三号証)ことがあつたので被告人夫婦共にこれを契機として覚せい剤を取扱う事を中止する決心をして被告人の正業である青果物仲介業に全力を集中して居たものであつて改悛の情顕著であつたのに嘗て被告人方に止宿して居た出口明が警察に密告した為本件の全貌が発覚して二重に処罰を受けて居るものであります。

(その他の控訴趣意は省略する。)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例